為替差損益とミャンマー税務(第14回)

1.初めに
前回2回にわたり、ミャンマー源泉税の特徴と国際源泉税に関しわかりづらい事項の一つ取り上げましたが、これをもちましてミャンマー税務の概要解説を一通り終了と致します。この後は日系企業の現状を踏まえ、期末の為替差損益の税務上の取り扱いや事業撤退等に関する問題を取り上げます。
現在の政治・経済混迷の中、調達難のドルは依然高止まりしたままであり、2021年9月期監査レポートを見ますと、為替差損益が損益全体の中で突出して大きい企業も見受けられます。現在固定相場制となっておりますが、為替がどう推移してゆくのか、全く先が見通せない状況です。
ところで2021年9月期の申告書作成の際にも、課税当局に再確認したのですが、会計上期末に計上した為替換算損益に関しては、評価損益であり未実現損益であるから、税務署としては当期所得には含めないと明言しており、またそのように指導しているとのことです。ただ、弊社の担当者によれば、その根拠資料や具体的な取り扱い関し、税務署からは具体的な情報提供等はなかったようです。
そこで、期末の為替評価損益に関する課税当局の見解を可能な範囲で、整理してみます。なぜ為替評価損益に関し、税が会計処理と異なる取り扱いをしなければならないのか、その根拠を明らかにすることが、まず重要です。

2.二つの通達について
いろいろ調べましたところ、為替評価損益に関し、既に次の二つの通達が公表されておりました。
1) IRD解釈指針(interpretation Statement No.8 /2020)2019.11 .25 付
この指針によれば、為替差損益のうち決済損益は実現損益として、税務上の益金、損金に計上されますが、期末の債権、債務の評価損益は、未実現損益として課税所得を構成しないとし、説例を用いて解説しております。例えば解釈指針のExample(4)は、棚卸資産を3月20にUS$50,000で購入、記帳(@1,300MMK)したが、3月の期末レートが@1,350MMKとドル高になったケースを取り上げております。この場合、購入時の1300と期末時の1350のレートの差額50が買掛金増加となりますが、これは未実現のロスとして、損金とはならないとしております。
国際会計基準では貨幣性資産に関しては、期末の評価損益と期中の決済損益を区別しておりません、ともに為替差損益として損益認識しております。しかしミャンマー税務では期中の決済損益を実現損益とし税務上も認めますが、期末時点のレートで評価した為替差損益は、未実現であるから「所得」を構成しないとしております。
しかしながら、こうした論理構成でよろしいのでしょうか。
① まず実現、未実現とは何か、用語の意味を具体的に明確にしておくことです。つまり、Example(1)~(5)の説例で述べているよう、課税当局は決済があれば損益は実現、しかし期末のドル預金や買掛金の換算は、決済ではなく評価であるから未実現損益と単純に割り切っているようです。しかし、実現か未実現かの判断基準を決済の有無におくのであれば、古い取引日のレートによる当初の換算額よりも、決済時により近い期末のレートで評価した方が、より実現という概念になじむと考えられるからです。国際会計基準が貨幣性資産について、期末に為替差損益を認識すべしとするのは、まさに換金価値をより正確に把握いようとするからであり、むしろ実現主義がその背後にあるようにも考えられます。金銭債権、債務の価値を決済時点により近い時点で算定しようとする試みが為替の評価損益であるとしますと、なぜそこにまた実現、未実現の概念が出てきてしまうのか、よく理解できません。
② 次に、この解釈指針のレターでは、今回の取り扱いの根拠としてミャンマーでいる所得の定義規定を持ってきております。すなわち「獲得した所得とは、受け取った所得または受け取ったとみなされる所得、発生した所得または発生したとみなされる所得」としており、所得の範囲を大変広く規定しております。しかし、この文言を根拠とするのであれば、結果は逆では。つまり、期末発生の為替評価損益も「発生した所得または発生したとみなされる所得」に含まれると解した方が自然ですので、そうであれば所得の定義面からも会計と異なる取り扱いをする理由がないように考えられるからです。
2) IRD実務指針(Practice Statement No.1/2020)2020.2.14付
上記指針公表の3か月後、実務指針なるものが公表されました。ここでは上記解釈指針とは異なり、まず初めに貨幣性資産について期末に為替差損益を認識すべしとする「国際会計基準21」が引用されて、会計上の原則を明らかにすることから始めております。つまりIAS21を持ち出し、そこから始めているのはいいのですが、しかしミャンマー所得税上の取り扱いとなりますと、急に以下のような記載となってしまっており、なぜ会計と異なる取り扱いをするかの根拠については、何も触れておりませんので、根拠が全く不明確となってしまっております。
However notwithstanding the accounting standards recognize any gain or loss in the Profit and Loss account unrealized gains and losses are not assessable/ deductible “under Myanmar Tax Laws”.
会計基準では期末の為替差評価損益に未実現であっても認識するが、税務上は「ミャンマー税法に従い」課税所得を構成しないと結論づけ、通達は終わっております。
「ミャンマー税法に従い」とありますが、所得の定義からもそうは読めませんし、所得税法の他の条文を見ましても、会計基準とは異なる取り扱いを定めたような条文規定はございません。
3.「Instructions」について
外資系法人が自主申告制度へ移行するのを機に、課税所得計算を自主的に行い、かつ計算に誤りがないよう、各申告書FORMの裏面には「Instructions」が掲載され、所得計算上の留意点を記載しております。会社の収入とされても課税されないもの、支払いであっても損金とはされ項目等が列挙され、所得計算を適正に行う手助けをしております。ただ期末為替評価損益ですが、毎期必ず発生し、最近特にその損益インパクトが大きくなっているにもかかわらず、「Instructions」では何も触れられておりません。次の例示から明らかなように、為替が出てこないのは大変不思議です。
「Instructions」の記載:
免税となる収入
• 保険金収入、臨時の一回限りの収入(キャピタルゲインは別途申告)、課税済み配当金、一定の報奨金、内外の事業主や国際機関からの寄附収入で社会・宗教・健康・教育目的のもの、自然災害時の寄附収入、経済特区での収入等々
課税される収入
• 事業上の規制の対価として受け取る補助金、貸倒債権の回収益、債務免除益等
経費とされない支払い
• 個人的な経費、資産の取得価額を構成する支払い、事業規模に相応しない支払い、不適切な支払い(賄賂、罰科金、投機的損失等)、所得税や前払い商業税等

4.具体的な取り扱い
以上簡単に見てきましたように、期末為替差損益が課税所得を構成しないとする今回の税務署の取り扱い根拠は、正直言って明確ではありません。「Instructions」を見る限り、立法(財務省)ないしは執行機関内部でも理解が共有されているといえるのか、疑問です。所得税法とはいっても課税所得に関する規定が極めて少ないミャンマー税法に関しては、これまで税法に格別の規定がない限りはIFRSや国際会計基準の考え方を尊重するというのが課税当局の方針であったからです。
ただ推測ですが、急激なドル高進行及び為替の不安定化の中で、為替差損益が大きくぶれる可能性があることから、課税所得や納税額へ与える影響を極力抑えようとする意図もあったかもしれません。しかしもしそうであるなら、ストレートにそのような説明すればよろしいのでは。所得税額が政策的な性格を多分に持っていることは事実であり、常に税務会計上の理論から導かれるものばかりではないからです。
いずれにせよ、為替に関しては、現時点で予定されている当局の取り扱いは、以下の通りです。
① 期中に実現した決済差損益は、当然課税所得に反映されなければならない。
② 期末評価差益が課税所得を構成しないということは、同時に評価差損も損金や繰越欠損金の中には含まれないということ。
こうした処理を行うためには、期末決算書では決済損益と評価損益区分し、監査報告書も単に為替差損益として純額表示するのではなく、注記等を通じ、実現と未実現を区分表示するとわかりやすい。

5.最後に
本件ですが、為替に関する課税当局の通達及び本件取り扱いは、問題はないのでしょうか。実現、未実現とか「国際会計基準21」と言うKEY WORDを用いるのであれば、その具体的な意味内容を明確にし、それに即し通達の記載になるいはずですが、どうもそうしたKEY WORDと結論が異なっているような印象を受けます。他の通達も含め、内容を見直す必要はないのでしょうか。
それとも当局の定めた通達に等に対し、お上(役所)に率直に質問し、説明を求めることは、けしからん行為との風潮が蔓延しているのでしょうか(又はそうしても無駄)。